長い歴史の漆器は、形も使い勝手も良いものが多く、現代でも使いやすく、今後も継続して追及して行きたい。
また、時代は変化し続けており、インテリア・食生活も変化しています。現代、そして将来に向けて、新しい感覚の漆器も提案し続けて行きたい。
私が20年程前に個展をした時、ピカッと光沢のある漆器を作って並べていました。お客様のほとんどが、入り口に入られてすぐに、
「手入れは?」
「どんな布を使って?」
など、とにかく扱いの質問をするばかりで、器の形や価格を見るのは二番目でした。
その事から私は、もっと気楽に使える漆器を作りたいと考え、光沢のある綺麗な面に傷が付くのが怖いのなら、新品のジーパンを洗ったように、何年も使ったような、すりへった雰囲気の漆器を作れば良いと思いつきました。
錦壽の商品は全商品、木固めしております。木固めというのは、木地に直接生うるしを塗り、吸い込ませることです。木地に下地(漆に地の粉やとの粉を混合したもの)を塗る前に木固めをすると、下地の密着がよく、はげにくく丈夫になります。
作り手としては漆が沢山入って、原価は高くなります。
でも私が漆器の丈夫さを研究した時、この木固めは絶対すべきだとの結論に達し、全ての木製の器や鉢、膳などはこの工程をしております。
この後何回も塗り重ねしますが、最初のこの木固めが最重要と私は考えています。
漆は、漆の木からとれる樹液であり、生きています。塗りあがり、乾いて固まった後も呼吸し続けており、いつまでも変化します。
朱の色は変化が著しく、最初仕上がった時は黒っぽい朱です。それが空気にふれ、光により朱色がどんどん明るくなります。そして堅くなっていきます。
友達が使っているのを見て注文され、送ると色が黒っぽいと言われます。
漆に似せた塗料の場合、色は変化しません。劣化していくのみです。漆は使えば使うほど味が出てきます。朱色が明るくなるにつれ、深い艶になってきて、もう手放せなくなります。
「根来塗り」は、使っていくと朱漆がすり減って黒の部分が多くなってきます。
「曙塗り」は、使っていくと黒漆がすり減って朱の部分が多くなってきます。
どちらの塗りも使えば使うほど変化します。漆が生きている証拠ですね。
とにかく私のものを一つでも使ってみて下さい。または持っている人に聞いてみてください。体験談があると思います。
全国各地で個展させていただきましたが、どこでも言われる事は・・・
「扱いが大変だ!」
「どのように手入れをすればいいのか?」
「はげた時は修理してくれるか?」
ということでした。
みなさん「漆器」に対して、ご不安が先にあるようですね。
そんなみなさんのご不明な点や不安にお答えします。
私はまず漆器を気楽に使う事から始めなくてはと思いました。
もちろん本当は大事に大事に使うのがいいし、長持ちします。
でも漆器を使わない人口が増えては残念ですので、気軽に使える漆器を作ってみました。
塗りあがったものを研いで、使ったような雰囲気をつくりました。
でも、うるしを十分染み込ませてあるので丈夫です。
毎日使うものはそんなに神経を使わないで、陶器を洗うのと同じ感覚で洗って下さい。
汚れがひどくなかったら、お湯のみで柔らかいスポンジを使って洗って下さい。
汚れがひどかったり、油分の多い料理を盛った場合は台所用中性洗剤を使用して、その後、お湯または水で流して下さい。
水よりお湯の方が漆器の場合、きれいになります。
※台所洗剤の使用上の注意に漆器には使用しないで下さいと書いてあるものは使用しないで下さい。
洗った後、布きんで拭いて下さい。
布きんの布ですが、柔らかい布がいいです。
赤ちゃんの肌着のイメージをして下さい。
水気は完全に拭き取る必要はありません。
なぜなら、蒸発もしますし、漆の特徴として常に呼吸しているのですが、水分をともなって酸素を吸収する性質があるので、湿度を吸ってくれるのです。
そして漆はその呼吸により、より硬く強くなっていくのです。
漆は日々硬くなることと透明度が増すという性質があります。
よって朱色の色が次第に鮮やかになっていくのは、漆の透明度があがってくるからなのです。艶も出てきます。
【注意】常に漆器を置く場所ですが、窓際などの直射日光が当たる場所は避けて下さい。
いつも直射日光にあたっていますと、漆の成分が変質し、木製の場合ひび割れの原因となります。
正月に使う屠蘇器や重箱などは、使って次の年まで使わないケースが多いです。
その場合の手入れは毎日使うものとは異なります。
洗い方は毎日のと同じですが、洗ったあと、布きんで水気をとった後、日陰で風通しのよいところで完全に水気がなくなるまで置いて頂きたいのです。
2~3日で結構です。そして布か柔らかい紙で包んで箱に入れて下さい。
湿り気があるままに包んで一年も眠っていますと、剥げたりヒビ割れの原因となります。
今までの経験では、漆器を購入された方は注意して取り扱いされているようですが、ご家族の方が知らないで電子レンジに入れてしまうケースが多くあります。
ぜひご家族の皆さんにも漆器の扱いを説明して頂きたいと思います。
よく質問に冷蔵庫に漆器を入れていいですかと言われます。入れてすぐどうかなる事はないと思いますが、特に木製漆器の場合、急激な温度変化によっての変形、ヒビ割れの可能性もありますので、なるべく木製の場合は入れないほうがいいと思います。
一番最初に100℃の湯を入れると、椀もびっくりします。
変色、割れやすくなります。
自動車でも新車は慣らし運転をするように、徐々になじませていく使い方がいいと思います。
木の器は生きています。大事に使うと長持ちします。慣れてきたら、味噌汁など100℃に近い熱さでも結構大丈夫ですよ。
しかし、ポットの湯や沸騰した湯をイッキに入れるのは避けましょう。
漆は漆の木の樹液で、天然の液体です。
科学塗料は分子を科学的に合成させて作った化合物です。昨今、技術の進歩で漆に近い分子構造の塗料も開発されて来ましたが、どうしても天然漆のような複雑な組成は出来ません。
漆の乾燥には酵素の働きを活性化させる適当な温度と湿度が不可欠ですが、反面、いったん乾燥した漆は比類ない耐久性と美しさをもった塗膜となります。
漆の採り方は、漆の木を植えてから10年程たち、直径10㎝以上になると採取します。
6月中旬から10月下旬にかけて、朝の4時頃から、5日間ごと傷を付け、1つの傷から一滴の漆をとり、何十本、何百本もの漆の木から採取して、終わったら全部、伐採してしまいます。
つまり、10年育った漆の木は、1年で漆液がとられ、役目は終わる訳です。漆は大変貴重なものです。
漆の育苗には次のような方法があります。
一つは種子から育てる方法、もう一つは既存樹の伐根からバエ(萌芽)を出せさせて木を更新する方法です。
この他にも、根を分けて苗木をつくる方法などもありますが、現在は播種(はんしゅ)による育苗が主となっています。
飴色の半透明です。黒漆は鉄分を加えて作ります。朱漆や、黄、緑、青、などの色漆は、その色の顔料をまぜて作ります。しかし、ポスターカラーのようなカラフルな色は出せません。
漆そのものが透明ではないので、白漆にしてもベージュに近い白色になります。また、漆は時間が経てば経つ程、乾燥し、硬化し、そして色が明るく出ます。
同じ朱漆で塗っても、乾燥して一日後の色と、一ヶ月後、半年後の色では異なります。
1951年8月に福井県鯖江市で漆器屋の5代目長男として生まれました。
中学生の頃より学業以外の時間は家業の漆器を手伝っていて、1969年高校卒業後は後継者として漆塗りの修行が始まりました。
修行中は自分がいいと思ったものを試作し、芸術品というよりは普段使いやすい物を意識していました。
家業に就いてから8年ほど経った頃から漆の事をよく知りたいと思い、近所の山にある漆の木を見つけて「漆かき」の経験をしました。
その経験では、固まった漆はとても硬いという事と、漆の香りはハッカのような爽快な香りだったという事を知りました。このときの感動的な体験が後の私の作家活動に大きな影響を与えました。
その後もいろいろな体験をし、漆や漆器についての勉強もしながら、試行錯誤の結果、出た答えが「刷毛目塗り」でした。
しかし、漆器業界では「刷毛目を残す」という行為は「下手な仕事」という考えがあり、同業者にも一般の方々にも、なかなか受け入れられませんでした。
それでも、普段使いやすい、丈夫な漆器=刷毛目塗りという信念を貫き、個展や展示会などの地道な努力を続けた結果、今では多くの方々に受け入れられ、ご好評をいただけるまでになりました。
今でも現状に満足する事なく、新たな山岸厚夫の物づくりを続けています。